【症例報告】60代後半男性・長年悩まされた腰部脊柱管狭窄症による歩行時の痛みとしびれへのアプローチ
導入部:はじめに
「少し歩くと足に痛みやしびれが出て、休むと楽になる」―この「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」は、特にご高齢の方に見られる腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)の代表的な症状です。 今回は、60代後半の男性、Kさんのケースをご紹介します。Kさんは2年以上にわたり、この歩行時の痛みとしびれに悩まされていました。
この記事では、Kさんのような慢性的な症状に対し、当施設がどのようにアプローチしているかをお伝えします。私たちの目的は、症状を「完全に治す」ことだけではありません。症状と「上手に付き合っていく」方法を身につけ、生活の質(QOL)を維持・向上させることに重きを置いています。
1. ご来院時の状態(主観的・客観的情報)
まずは、Kさんが初めてご来院された際の身体の状態を、ご本人の訴えと私たちの客観的な評価に分けて見ていきましょう。
1.1. Kさんの訴え(S: 主観的情報)
Kさんからは、非常に具体的で切実なお悩みを伺いました。
- 歩行時の症状: 歩き始めから右のふくらはぎ下部に痛みとしびれが出る」「しびれを通り越して痛みがある」「5分もすれば足全体が痛くなり、20分経つ頃には足を引きずるようになってしまう」
- 歩行距離と休憩: 1回の散歩で合計1時間ほど歩くが、途中で1〜2回は休憩を挟まないと続けられない。
- 身体の不安定感: 腰が重く、「骨盤がこすれるような、外れそうな感じ」がすることがある。
- 左膝の痛み: 歩行開始から30分ほど経つと、左膝にも痛みが出ることがある。
- 症状が楽になる状況: 「不思議と、登り坂を歩いている時は症状が楽になる」というご自身の気づきがあった。
- 症状が悪化する動作: 以前、お墓掃除で長時間しゃがみ込んで草むしりをした後、膝のお皿の下がひどく痛くなった経験がある。
1.2. 身体の客観的な状態(O: 客観的情報)
次に、私たちが専門的な視点からKさんの身体を評価した結果です。立っている姿勢を確認すると、「スウェイバック(骨盤前方移動)」という特徴的な姿勢の傾向が見られました。これは足に対して骨盤が前方にずれ、バランスを取るために上半身が丸くなり、結果として腰が過度に反ってしまう状態です。それに伴い、首がやや前方に出ている状態(ヘッドフォワード)も確認できました。また、触診では腰や右のふくらはぎに筋肉の強い緊張(硬結)がありました。これらの客観的な情報は、症状の根本原因を探るための重要な手がかりとなります。
2. 症状の原因分析(A: 評価・考察)
Kさんの訴えと身体の状態から、症状の根本原因を多角的に分析していきます。
2.1. 歩行時痛の正体:腰部脊柱管狭窄症
歩行時の右足の痛みやしびれ(間欠性跛行)の主な原因は、診断名の通り「腰部脊柱管狭窄症」です。これは、腰の骨の中にある神経の通り道(脊柱管)が狭くなり、特に体を反らすような動きで神経が圧迫されてしまう状態を指します。Kさんご自身が感じていた「登り坂で楽になる」という感覚は、まさにこの症状の典型的な特徴です。坂道を登る際は自然と身体が少し前かがみになり、それによって神経の通り道がわずかに広がり、圧迫が和らぐためです。
2.2. 姿勢の崩れが症状を悪化させる
客観的に確認されたスウェイバック姿勢は、立ったり歩いたりする際に腰が過度に反りやすくなるため、脊柱管をさらに狭くしてしまいます。この姿勢の癖が神経への圧迫を強め、痛みやしびれを誘発する大きな要因となっていました。この姿勢の癖こそが、後に説明するアプローチの第一の柱である「身体の芯の安定」がなぜ最優先されるべきかの答えとなります。
2.3. 「骨盤が外れそう」な感覚の正体:求心性の低下
Kさんが訴えられた「骨盤がこすれる、外れそう」という不安定感。これこそが、私たちが「求心性の低下」と呼ぶ状態の的確な表現です。求心性とは、体幹の深層筋が働き、骨盤を内側へキュッと吸い寄せるように安定させる力のことです。この力が低下すると、歩き始めなどの動作の瞬間に骨盤がグラつき、不安定感や腰への負担として現れるのです。
2.4. 膝の痛みは別の原因から
一方で、お墓掃除の後に生じた膝の皿の下の痛みは、神経症状とは別の問題と考えられます。これは長時間のしゃがみ込み姿勢によって、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)や膝のお皿とすねの骨をつなぐ膝蓋腱(しつがいけん)に過剰な負担がかかったことで生じた、筋肉や腱由来の痛みである可能性が高いと判断しました。
3. 私たちの具体的なアプローチ(P: 計画)
原因分析に基づき、Kさんと共に取り組む具体的なアプローチを「やわらぎ式3本柱ロジック」として計画しました。これは、施設での施術とご自宅でのセルフケアを組み合わせた戦略です。
3.1. 目標:「治す」から「賢く管理する」へ
まず、目標を明確に共有しました。この症状は慢性的なものであるため、「完治」を目指すのではなく、症状を悪化させずに自分でコントロールできるようになること。
そのために「治す」という視点から「賢く管理する」という視点へ切り替え、趣味の散歩などを安心して楽しめる状態を維持し、生活の質を高めることを共通のゴールとしました。
3.2. やわらぎ式アプローチの3本柱
具体的な計画として、以下の3つの柱を立ててアプローチを進めました。
1. 【最優先】求心性の回復(身体の芯を安定させる) 最初に取り組むべきは、身体の中心を安定させる「求心性」を取り戻すことです。求心性とは、骨盤帯が内側へ吸着するように支える力のこと。まるで強力な吸盤のように身体の土台を固めるこの力がなければ、どんな動きも腰に負担をかけてしまいます。そのために「壁4点コンタクト呼吸」というエクササイズを指導しました。これは壁を背にして立つことで正しい姿勢を意識しながら、深い呼吸を行うエクササイズです。お腹の深層筋(腹横筋)と呼吸筋(横隔膜)の連携を再教育し、骨盤帯の吸着力を高め、腰への負担を根本から減らしていきます。
2. 身体の「動きしろ」を取り戻す(胸郭・股関節の再獲得) 次に、腰の上下に位置する胸(胸郭)と股関節の柔軟性、つまり「動きしろ」を取り戻すことが重要です。これらの部分が硬いと、動くたびに腰が必要以上に頑張らなければならず、狭くなった脊柱管にストレスが集中してしまいます。胸郭と股関節がしなやかに動くようになれば、腰の過剰な代償動作を減らし、負担を分散させることができます。
3. 痛みを出さない歩行戦略(分割歩行・ハイブリッド歩行の実践) 最後に、痛みとの付き合い方として「分割歩行(ハイブリッド歩行)」という考え方を実践していただきました。これは痛みを我慢して歩き続けるのではなく、例えば「15分歩いたら一度休憩する」というように、症状が強くなる前に意識的に休憩を挟む歩き方です。このアプローチは単に痛みを避けるだけでなく、脳が持つ歩行の自動リズム機能「CPG(セントラルパターンジェネレーター)」を維持する目的もあります。痛みで足を引きずる前に休むことで、脳が正しい歩き方を忘れず、安全に歩行機能を維持することが可能になります。
4. 経過とまとめ
この3本柱のアプローチを継続することで、Kさんはご自身の身体の状態を深く理解し、症状を効果的に管理できるようになりました。もちろん、脊柱管狭窄症という状態が完全になくなったわけではありません。しかし、痛みやしびれをコントロールするための知識と戦略を手に入れたのです。 現在では、調子の良い日には「分割歩行」を実践しながら、1時間程度の散歩を楽しめるまでに回復されています。
腰部脊柱管狭窄症のような慢性的な症状では、「治す」という視点から「賢く管理する」という視点へ切り替えることが、生活の質を大きく向上させる鍵となります。もし同じような悩みをお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご自身の身体を正しく理解し、適切な戦略を立てることで、今よりも快適な毎日を送れる可能性があることを知っていただければ幸いです。
お問い合わせ(公式ラインページ)
https://lin.ee/20ikp5Y
